酸洗浄液中の鉄(Ⅱ)・鉄(Ⅲ)イオンの定量|電位差滴定を用いる酸化還元滴定
はじめに
鉄鋼の表面処理や酸洗浄工程において、液中の鉄イオン(Fe2+, Fe3+)の管理は非常に重要です。本記事では、電位差滴定を用いた酸化還元滴定によって、鉄イオン(Fe2+, Fe3+)を測定する方法を詳しく解説します。
❶ 測定の概要
鉄(Ⅱ)イオンの測定
鉄(Ⅱ)イオンは、過マンガン酸カリウムによる直接滴定で測定します。
滴定反応:
MnO₄⁻ + 5Fe²⁺ + 8H⁺ → Mn²⁺ + 5Fe³⁺ + 4H₂O
塩化物イオンの影響
酸洗浄液などの試料は塩酸を含む場合があります。試料に塩化物イオンが含まれると、以下の反応によって過マンガン酸イオンが消費され、誤差を生じます。
2MnO₄⁻ + 10Cl⁻ + 16H⁺ → 2Mn²⁺ + 5Cl₂ + 8H₂O
この反応が起こる理由は、標準酸化還元電位の大小関係にあります。
標準酸化還元電位(E°)は、標準状態(25℃、1 mol/L、1 atm)において、標準水素電極を基準とした物質の還元されやすさ(酸化力)を示す数値です。
2つの半反応における標準酸化還元電位の大小関係を比較し、
- E°が大きい:還元される方向(右向き)に進む
- E°が小さい:酸化される方向(左向き)に進む
というように、反応が自発的に進む方向を判断することができます。
標準酸化還元電位を比較すると、
MnO₄⁻ + 8H⁺ + 5e⁻ → Mn²⁺ + 4H₂O E° = +1.51 V
Cl₂ + 2e⁻ → 2Cl⁻ E° = +1.36 V
なので、MnO₄⁻が還元され、Cl⁻が酸化される方向に反応が進みます。
その結果、Fe²⁺の滴定に使われるべきMnO₄⁻がCl⁻との反応にも消費され、Fe²⁺濃度が高く見積もられる正誤差が生じます。
Zimmermann-Reinhardt試薬による対策
Zimmermann-Reinhardt試薬を添加すると、この反応が起こらなくなるため、塩化物イオンによる影響を排除できます。
原理:
Zimmermann-Reinhardt試薬は、硫酸マンガンとリン酸・硫酸の混合液です。過量のMn²⁺の共存により、下式の平衡は左辺にかたよります。
MnO₄⁻ + 8H⁺ + 5e⁻ ⇄ Mn²⁺ + 4H₂O
その結果、MnO₄⁻/Mn²⁺の標準酸化還元電位は、+1.36 V以下に下がるため、塩化物イオンを酸化しなくなります。一方、Fe³⁺/Fe²⁺の標準酸化還元電位は+0.77 Vであり、依然として過マンガン酸イオンによる酸化が進行します。
またリン酸はFe³⁺と安定な錯体を形成し、Fe³⁺/Fe²⁺の酸化還元電位を下げる効果もあります。
Zimmermann-Reinhardt試薬の調製:
- 硫酸マンガン四水和物 約90 g を純水200 mLに溶解します。
- リン酸 約175 mL を加えます。
- 濃硫酸 約175 mL を加え、冷却した後、純水を加えて1 Lとします。
⚠️ 濃硫酸を加える際は発熱するため、必ず冷却しながら少量ずつ加えてください。
鉄(Ⅲ)イオンの測定
鉄(Ⅲ)イオンは、間接滴定(ヨウ素滴定)によって測定します。
ステップ1:ヨウ素の生成
ヨウ化カリウムを加えると、以下の反応によりヨウ素が生成します。
2Fe³⁺ + 2I⁻ ⇄ 2Fe²⁺ + I₂
この反応は可逆的ですが、過剰のヨウ化物イオンが存在することで、定量的に右に進行します。
ステップ2:ヨウ素の滴定
生成したヨウ素をチオ硫酸ナトリウムで滴定します。
I₂ + 2Na₂S₂O₃ → 2NaI + Na₂S₄O₆
塩酸酸性でも問題ない理由
Fe³⁺の測定では、塩化物イオンの共存による影響は生じません。その理由は標準酸化還元電位の大小関係にあります。
標準酸化還元電位を比較すると、
- 塩素の標準酸化還元電位:Cl₂ + 2e⁻ → 2Cl⁻ E° = +1.36 V
- ヨウ素の標準酸化還元電位:I₂ + 2e⁻ → 2I⁻ E° = +0.54 V
であるため、Cl₂がI⁻を酸化する反応が自発的に進みます。I₂がCl⁻を酸化する反応は起こりません。そのため、塩酸酸性条件下でも問題は生じません。
❷ 使用電極
| 電極 | 種類 |
|---|---|
| 指示電極 | 白金電極 |
| 比較電極 | 銀/塩化銀電極 |
| 比較電極内部液 | 3.3 mol/L 塩化カリウム水溶液 |
指示電極と比較電極が一体となった複合電極も使用可能です。
なぜ白金電極を使うのか?
酸化還元滴定では、溶液中の酸化体・還元体の比率に応じた電位変化を検出する必要があります。白金は化学的に不活性で、酸化還元反応に対して安定した電子授受を示すため、酸化還元滴定の指示電極として広く用いられています。
❸ 測定手順
鉄(Ⅱ)イオン
- 試料 10 mL をビーカーに採取します。
- 純水 50 mL を加えます。
- Zimmermann-Reinhardt試薬を 30 mL 添加します。
- 0.02 mol/L 過マンガン酸カリウム溶液で滴定します。
鉄(Ⅲ)イオン
- 試料 10 mL をビーカーに採取します。
- 純水 50 mL を加えます。
- 塩酸(1+1)5 mL を加えます。
- ヨウ化カリウム 2 g を加えます。
- 密閉して暗所で10分間静置します。
- 0.1 mol/L チオ硫酸ナトリウム溶液で滴定します。
💡 ビーカーにサランラップをして輪ゴムで止めると密閉しやすく便利です。
❹ 計算例
鉄(Ⅱ)イオン
滴定結果が以下だったとします。
- 試料採取量:10.00 mL
- 滴定液:0.02000 mol/L KMnO₄
- 終点滴定量:12.50 mL
滴定反応より、KMnO₄ 1 mol に対して Fe²⁺ 5 mol が反応するため:
C(Fe²⁺) = (0.02000 × 12.50 × 5) ÷ 10.00 = 0.125 mol/L
鉄(Ⅲ)イオン
滴定結果が以下だったとします。
- 試料採取量:10.00 mL
- 滴定液:0.1000 mol/L Na₂S₂O₃
- 終点滴定量:9.80 mL
反応の流れは Fe³⁺ → I₂ → Na₂S₂O₃ です。Fe³⁺ 2 mol から I₂ 1 mol が生成し、I₂ 1 mol に対して Na₂S₂O₃ 2 mol が反応するため、Fe³⁺ と Na₂S₂O₃ は等モルで対応します。
C(Fe³⁺) = (0.1000 × 9.80) ÷ 10.00 = 0.098 mol/L
❺ コツと実務上の注意点
鉄(Ⅱ)イオン測定のコツ
① 試料の酸化に注意する
Fe²⁺は大気中の酸素により徐々にFe³⁺に酸化されます。試料採取後はすみやかに滴定を開始してください。特に希釈後は酸化が進みやすいため、純水添加後に長時間放置しないことが重要です。
② 過マンガン酸カリウム溶液の管理
過マンガン酸カリウム溶液は光や有機物により分解しやすく、濃度が変動します。遮光瓶で保管し、使用前に標定(ファクター測定)を行ってください。
③ 酸性条件の確認
滴定反応にはH⁺が必要です。試料の酸性が不十分な場合、MnO₂の褐色沈殿が生じ、滴定が正常に進まなくなります。その際は硫酸を追加して酸性を強めてください。塩酸は過マンガン酸カリウムと反応するため使用しないでください。
鉄(Ⅲ)イオン測定のコツ
① 暗所静置を行う
ヨウ化カリウムとFe³⁺の反応で生成したヨウ素は、揮発性があります。また、光によって分解しやすいです。密閉・遮光して静置することで、ヨウ素の損失を防ぎます。
② ヨウ化カリウムは過剰に加える
ヨウ化カリウムが不足すると、Fe³⁺ + I⁻ の反応が定量的に進行しません。添加量を大過剰とすることで、反応を完全に右に進行させることができます。
③ チオ硫酸ナトリウム溶液の管理
チオ硫酸ナトリウム溶液は大気中のCO₂や細菌により分解しやすく、濃度が変動します。炭酸ナトリウムを少量加えてアルカリ性に保つと安定します。
まとめ
- Fe²⁺は過マンガン酸カリウムによる直接滴定で測定する
- 塩化物イオンが共存する場合はZimmermann-Reinhardt試薬を添加
- Fe³⁺はヨウ素滴定法(間接滴定)で測定する
- ヨウ素滴定は塩酸酸性下でも問題ない
- Fe²⁺測定では試料採取後すみやかに滴定を開始し、酸化による誤差を防ぐ
- 滴定液(KMnO₄・Na₂S₂O₃)は使用前に必ずファクターを確認する